真実を求める者に捧ぐ

アイルトン・セナを倒すべくF1へ…セナが亡くなり…芸能界や中国留学…海外に会社設立、倒産…マラソンに本気で…現在は…山と海が近い地にて仕事をしながら、トレイルランやシュノーケリングをして遊んでいます(^^)

ダーティハリー症候群

近頃は自粛警察なる人々が声を上げているとか…

 

外出自粛中のさなかスーパーやコンビニ以外の営業する店やイベントに電話したり、画像を拡散させたり、近所なら張り紙をして警告する。

 

その人達なりの正義感。

 

それはわかる。

 

諍いがあると多くの人は言う。

 

「私は悪くない。お前が悪い。違法だ!マナー違反だ!」と

 

 

合法=正しい

ではない。

 

「迷惑かけてない!」

いや、自分のしていることが迷惑かどうかはそれは他人が決めること。 

 

「世の中を良くする為」

ならば、テレビやマスコミに感化されて今だけでなく、今後も人生を懸けて社会悪と闘っていただきたい。

 

こんなことは以前からある。

 

新聞の投書欄。

多くの投稿はテレビ番組に対する苦言。

「大食いは下品。食糧難の人もいるのに…」

「バラエティでバカな企画をやるな。被災者をバカにしている」

など。

 

中には人の心を温かくする内容もあるのに…多くは批判めいたもの。

これらは新聞記者が選び、輪転機にかけて全国に広まるのだ。

 

その昔、あさま山荘事件はテレビで生中継された。

なかなか状況が変わらないことに痺れを切らした視聴者は長野県警察に抗議の電話をしたらしい。

 

自衛隊のヘリコプターを使え!」

「戦車を突入させろ」

 

人質もいるのに…

全国の素人指揮官のいらない指示が続々と届いたそうな。

 

なんでしょう…この感じ。

 

 

歪んだ正義感といえば…作品の伝えたいことを間違って解釈した人達がいた。

 

その作品とはダーティハリーという映画。

ハリーは事件解決に全力を尽くす不正を嫌う有能な刑事。

ただ、すぐに銃を撃ったり車を店に突っ込んだり過激な解決策を取る。

 

ある日、市長宛に手紙が届く。

「金をよこさないと殺人を続ける」

14歳の少女をさらった連続殺人犯からのものだ。

 

手がかりがないので犯人との接触をハリーが試みる。

 

不意打ちを受けるも犯人の足にナイフを刺すハリー。

 

犯人には逃げられるも救急病院をまわり、居場所を突き止めた。

 

犯人を追い詰め…撃つ!

 

傷口を踏んで怒声を上げるハリー。

「少女はどこだ!どこにいるのかと聞いている!」

 

自供させるも少女はすでに殺されていた。

 

その後、犯人は証拠不十分で釈放される。

 

「何故釈放される?証拠ならいくつもあるじゃないか?

部屋から見つかったライフルは殺人に使われていた物だ」

 

それは捜査令状を持たずに不法侵入で得た物だから証拠にはならない。

 

「じゃあ、法律がおかしいんだ!

捜査令状だって?

少女の命がかかっていたんです。

すでに死んでいたことはこっちは知らなかった。

 

犯人も裁判を受けられる権利がある?

犯人の人権?

 

だったら、死んだ少女の人権はどうなるのですか?

強姦され、生き埋めにされ殺された彼女の人権を代弁するのは?」

 

 

その後ハリーは独自に犯人を追い詰め射殺する。

 

警察官なら名誉といえる刑事の金バッジを沼に投げ捨てエンディング。

 

 

 

 

 

多くのアメリカの警官が感動し、感化された。

 

上映後、しばらくの間、警官による過剰な対応が問題視された。

 

交通違反であろうとも、指示に従わない場合には警棒で殴ったり手錠をかけた。

 

凶悪犯が銃を捨て手を上げていても集団で暴行する。

 

「俺達は警官だ。悪い奴らには制裁を加える。ハリーはそうやっていたんだ!」

 

…恐ろしい思い違いだ。

 

ダーティハリーのエンディングでハリーは警察と政治家に愛想を尽かし金バッジを捨てた。

ハリーは退職したかのように…監督は続編はない描き方をした。

 

だが、社会に影響がありすぎて

その後、ダーティハリー2が上映された。

 

ハリーの今度の相手は正義という名で死の制裁を行う若手の警官達だ。

 

「法律から逃れる悪人がいる。

市民にも理解してもらえるように有名な奴から始めました。

このやり方が正しいとは思いません。

でも、他に方法はないんです。

あなたならわかるはず…ハリー刑事、一緒にやりませんか?」

 

ダーティハリー1作目の流れからいくと…手を組むだろうなぁ…と思ったが…

 

ハリー「見損なってもらっちゃ困る。

警官が処刑人になったらどこに歯止めをかける?

横断歩道を渡らなかったら死刑。

スピード違反10キロで死刑。

しまいには芝生にフンをした犬の飼い主まで死刑。

 

法が完全なものだとは思っちゃいない。

 

しかし、誰かが直してくれるまでそれを守るのが俺の義務だ」

 

ハリーは警官達と対決し勝利するも…このハリーの法に対する考え方は全米のダーティハリー症候群に冒されていた警官達に衝撃を与えた。

 

その後、アメリカでは逮捕の手順が厳密にされることとなった。

 

容疑者を逮捕する時に

「君には黙秘権がある。弁護士を呼ぶなら…なんやらかんやら…」

と必ず言わねばならなくなった。(ミランダ警告を伝えないと容疑者の供述は無効になる)

 

不慣れなうちはカードを見ながら言う始末(^^)

 

導入後の数年は警察物のドラマや映画で何度も何度も描かれていた。

 

警察官達に教え込むかのように。

 

 

 

 

正義とは何か?

 

 

少なくとも揚げ足取りや足の引っ張り合いはもちろん、密告やいじめではない。

 

ましてや、外出自粛のイライラを解消する為でもない。

 

相手の人生を傷つけることを言うのであれば、自らの人生をも犠牲にする覚悟で挑むがいい。

 

正義を貫くのなら社会に蔓延る巨悪と向き合うのだ。

 

自転車で逆走する人などの小悪党は放っておきなさい。

 

そんなのは自滅していく。

自転車事故の最も多いのが逆走して一時停止せずに曲っての出会い頭の他者との接触

被害者にも加害者にもなる最悪な状態。

こうなるのは時間の問題。

 

このような小事に命を懸け、大事に命を惜しむようになってはならない。

 

争って傷つけ合う…人間は弱く儚い。

 

 

生き方を変えたらどうだろう?

 

本当にやりたいことを職業にするのである。

 

世の中が見えて来た時、ここで職業を選ぶべきではないだろうか。

 

 

 

 

 

 

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